東京地方裁判所 昭和59年(特わ)2134号 判決 1984年9月28日
主文
被告人を懲役八月に処する。
未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。
この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、韓国籍を有する外国人であって、昭和五三年一二月二日ころ、韓国から富山県富山港に渡航上陸して本邦に入った者であるから、その上陸の日から六〇日以内に、居住地の市町村(特別区又は指定都市の区)の長に対し外国人登録の申請をしなければならないのに、右上陸後同五五年一月下旬ころまでの居住地埼玉県川口市領家四丁目八番二九号所轄の埼玉県川口市長に対し、更にその後被告人の居住した東京都台東区、埼玉県三郷市、同県草加市、同県越谷市などにおいても各所轄の区長、市長らに対し、これを怠り、昭和五九年六月二九日までその申請をしないで、右規定の期間を超えて本邦に在留したものである。
(証拠の標目)《省略》
(法令の適用)
被告人の判示所為は、昭和五五年法律第六四号「外国人登録法の一部を改正する法律」附則二項、六項により同法による改正前の外国人登録法三条一項、一八条一項一号に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期範囲内において被告人を懲役八月に処し、刑法二一条を適用して未決勾留日数のうち六〇日を右刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
なお、昭和五五年法律第六四号「外国人登録法の一部を改正する法律」(以下、一部改正法という。)附則二項は、「この法律による改正後の外国人登録法三条の規定は、この法律の施行後に本邦に在留することとなる外国人について適用し、この法律の施行の際に本邦に在留している外国人については、なお従前の例による。」と定め、同附則六項は、「この法律の施行前にした行為及び附則第二項……の規定により従前の例によるとされる新規登録……に係わるこの法律の施行後にした行為に対する罰則の適用については、なお従前の例による。」と定めており、これによれば、同法施行の際(昭和五五年一〇月一日)本邦に在留している外国人が同法施行前になした同法による改正前の外国人登録法(以下、旧法という。)三条一項所定の新規登録申請義務の違反に対してはなお旧法一八条一項一号を適用して処罰するほか、右の者については施行後も従前通り旧法三条一項所定の新規登録申請義務を課すとともにその違反に対しては旧法一八条一項一号を適用して処罰し、他方、一部改正法による改正後の外国人登録法(以下、新法という。)三条一項所定の新規登録申請義務は専ら施行後本邦に在留することとなる外国人に対して課し、その違反は新法一八条一項一号により処罰することとしているのである。法律を改正する場合、その附則に改正前の犯罪行為の処罰を可能ならしめる限度で旧法の効力を維持させる規定(いわゆる追及効的規定)がおかれることが多いが、右一部改正法附則では、それに止まらず、改正後の行為をも規律処罰しうる規定として旧法の効力を維持・存続せしめているのであり、この点に右一部改正法の大きな特徴が認められる。また旧法一八条一項一号所定の刑と新法一八条一項一号所定の刑とを比照すると、全く同一であることが認められるが、一部改正法施行後になされた旧法三条一項の違反を新法一八条一項一号と同一の刑で処罰するのであれば、旧法三条によることとされた新規登録に係わる施行後の違反の処罰については新法一八条一項一号を準用するというような附則の定め方も可能であった筈であるが、右一部改正法附則ではこのような新法の規定を承ける形の規定を置かず、新法とは無関係に、従前の例、すなわち、旧法による処罰を行なうことにしているのである。
このように一部改正法施行後の旧法三条一項、一八条一項一号は、将来の行為をも規制処罰しうるという意味で十全の効力を有し、かつ、新法の規定を内部に取り込んでいないという意味でそれ自体で完結した構成要件及び法定刑の規定として、新法三条一項、一八条一項一号と適用対象を異にしつつ併存しているのであり、右一部改正法施行後における新規登録不申請罪は互いに独立した二種類のものが存在することになったのである。
しかして、互いに独立した二つの構成要件及び法定刑の規定のうち、その一方の構成要件及び法定刑の規定に変更が加えられても他方の構成要件及び法定刑の規定に何ら影響のないのは当然であるところ、新法三条一項はその後昭和五六年法律第八六号及び昭和五六年法律第九五号による改正を受け、また新法一八条一項一号はその後昭和五七年法律第七五号による改正を受けているが(罰金額を三万円以下から二〇万円以下に引き上げる等の改正が行なわれた。)、旧法三条一項、一八条一項一号についてはその後何らの変更が加えられていないのであり(旧法三条一項、一八条一項一号を有効に存続せしめている根拠は一部改正法附則二項、六項にあるのであるから、旧法三条一項、一八条一項一号の変更は、具体的には右附則二項、六項の改正等の方法により行なわれることになろうが、そのような改正等は一切なされていない。なお、昭和五七年法律第七五号附則七項は右改正等でないことも多言を要しない。)、そうであれば、現在でもなお旧法三条一項、一八条一項一号が、前記一部改正法施行前から本邦に在留している外国人の新規登録不申請罪の構成要件及び法定刑を定めた規定として有効に存続しているといわなければならないのである。
もっとも、このように解すると、前記一部改正法施行前から長期にわたって新規登録不申請罪を犯し今日に至っている者に対する罰金額の最高限の方が同法施行後(前記昭和五七年法律第七五号附則七項参照)あるいは昭和五七年法律第七五号施行後本邦に入り新規登録不申請罪を犯して今日に至っている者に対する罰金額の最高限より低いという不合理が生ずるが、新法一八条一項一号が変っても旧法一八条一項一号或いは前記一部改正法附則六項に何ら変更をもたらすものではないこと前示のとおりであるから、右の結果はやむを得ないところとしなければならない(右のような不合理を立法者は予想していなかったとして、新法一八条一項一号の改正により当然に旧法一八条一項一号或いは前記一部改正法附則六項に変更が生じたとみる事は許されない拡張解釈というべきであろう。)。
以上に照らせば、昭和五三年一二月二日ころ本邦に入り昭和五四年二月一日から昭和五九年六月二九日まで新規登録申請を一切行なわなかった被告人に対しては、前示のとおり旧法三条一項、一八条一項一号を適用するのが正当と思料される。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 須田贒)